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一ノ瀬さんがお気に入りだという“双葉”という子は、
やはり持ち上がりだそうで、しかも幼稚舎からという生え抜き組。
「名字はなんて言うんです?」
「??」
「おいおい、久蔵殿。」
この女学園に長く通っていながらも、
あんまり社交的とは言えぬ、寡黙なクールビューティさん。
よって、他の生徒をよく覚えていないのも、
ある意味 偏向のないところの現れなのかも知れぬ。(おいおい)
こんな紅ばらさんでも(こら )双葉という後輩を覚えていたのは、
それなりの縁があったからで。
「一子に似てた。」
「えっとぉ、それはつまり。」
風貌がではなく雰囲気や人性がという意味でしょうねと、
平八が七郎次へ視線を投げつつ、確認を取ったのは言うまでもなく。(笑)
更に付け加えるならば、それは可憐で大人しくって。
豊かな黒髪にはちょっぴり癖があり、
伸ばしていると優雅なうねりがそりゃあ愛らしく。
黒みの強いぱっちりとした双眸や、
上唇の先がすこしばかりキュウと立っていての、
お人形さんみたいな口元が何ともキュートで。
中等部へ上がったころには、
その可憐さにコケティッシュな蠱惑も加わり、
そんな風貌に気がついた、
上級生からそりゃあ人気があったれど。
当人は過ぎるほど内気だったので、
可愛い可愛いと引き回されるのさえ怖がっており。
体が弱かった訳じゃあないが、
緊張のあまり貧血を起こすこともしばしばだったため、
「兵庫に連れられて、
一子とオレがいるところへ、よく逃げて来てた。」
もしかせずとも、久蔵殿が中等部時代は、
そちらの校医も兼任していたらしい榊せんせえだったわけですな。(う〜ん)
「逃げて、ですか。」
「…久蔵殿は怖くなかったのですね。」
「??」
「あ・いやいや、ごめんなさい。」
久蔵さんは上級生だが、一子さんは1年留年しておいでの身、
同級生同士だ遠慮は要らぬと、連れ弁当を誘われたのが切っ掛けで、
それからのお昼休みは、ほとんどのずっと一緒だったそうで。
お互いへ常に構い合うでなし、
返事もせぬほど没頭して本を読み耽っていたり、
ぼーっと雲を見ていたりする彼女ら独特な昼休みの過ごし方へ、
大人しい双葉さんも安心して匿われていたものと思われる。
「そうですか、そうまで内気な。」
そして、どこまで動物ぽかったのだろか久蔵お嬢様。
気性の質はそうそう変わらぬことだろから、
今ほどの攻撃力(?)はないにせよ、
怒らせたら呪われそうなくらい睨まれたに違いない。
“差し詰め、
聖女の守護だった一角獣というところかと。”(こらこら)
来た道をJRの駅まで戻りつつ、
久蔵がぽつりぽつりとこぼす話をつなげると、
「バレーボールしてたなんて知らない。」
「ただ、グラウンドがよく見えるところで陽向ぼっこしてたので、
何とはなく眺めるうちに、
自分もやってみたいという関心が起きたのかもしれない。」
「一ノ瀬のことは、覚えていないけど、」
切符売り場でふと立ち止まった紅ばらさん。
小首を傾げてしばしの熟考に入り、それから、
「高等部へ来てて、
なのに、オレや一子のところへ逃げて来ないのは、
一ノ瀬がいい先輩で、双葉も大好きだからだと思う。」
「…久蔵殿。」
恐らくは、さっきのご対面の間の、
特に双葉さんの名前が出てからこっちは、
一ノ瀬さんがどんな人かを、
彼女なりにじいっと観察していたに違いなく。
“…だとして。
早く帰ろうと急かしたのは、じゃあ…。”
からかうんじゃない、愛玩犬扱いでもない。
可愛くてしょうがないけど嫌われるのはイヤという、
ちゃんと向かい合う姿勢でいる彼女なのを認めた久蔵としては、
何をこんなに急ぐのか…を思うに。
「双葉さんのだったスカーフも、
今現在は“一ノ瀬さんの”だったワケだから。」
「うん。
彼女の制服がまるごと一式、オークションへ出されてたことになる。」
ところが、スカーフだけを取り替えられていたと、
そんな言い方をしていた彼女であり。
事実と違うその点を考察するに、
もしかして、
制服もスカーフ同様、別物にすり替えられていた、
……かも知れないことへは気づかなかったようだ、ということか?
新品のスカーフに愕然としちゃったと、一ノ瀬さんは言っていたが。
その衝撃が大きすぎたので、
セーラー服のほうへは違和感を覚えなかったのかも?
部室に妙な違和感があると言い立てたのは、
学年が異なる双葉さんとの接点となる場所が主にそこだから、
彼女にこそ聞いてと訴えるつもりもあってだとして、
「……。」
券売機を前に、考え込むように立ち尽くす久蔵であり。
そういえば、彼女は裁縫が上手だと一ノ瀬さんも言っていたような。
「ねえ、久蔵殿。制服を見せちゃダメとしたのは。」
そういうことかと、質すように掛けた七郎次の声を遮ってのこと。
クロップドパンツのポケットから取り出したスマホを頬へとあてがうと、
「……、一子か。双葉の家、知ってるか?」
「久蔵殿…。」
自信満々で此処まで連れて来といて、それってどうなのと。
勢いよく高まりつつあった緊迫感を一気に吹っ飛ばしてくれた、
白百合さんとひなげしさんを、文字通りその場でズッコケさせた、
紅ばらさんのマイペースに 乾杯。
◇◇◇
今日も今日とて、朝からいいお天気で。
早く衣替えにならないかしら、
このセーラー服、今時分だとかなり暑いし、
何か脱ぐわけにもいかずで、温度調節が難しいと。
可愛らしい笑顔での不平を、どこまで本気なそれなのやら、
いやぁねぇと零しておいでのお嬢様がたが。
それにしては時折軽やかに笑いさざめきながら、
学園までの途を進んでおいで。
そんな晴れやか清かな、朝の風景の一角で。
「はい、これ。」
登校途中の彼女を、おいでおいでとにこやかに手招きで、
されど 上手に間を見ての、誰にも気づかれないように。
屋敷町ならではな、ちょっと大きめなブロック一つを挟む格好で
お隣りの通りになろう別の道。
通学路から横道へちょっとだけ逸れた街道沿いの、
白い房花が緑の梢に映えてきれいな、ニセアカシア並木の下へと呼び寄せて。
三人を代表し、七郎次が手渡したのは、
制服や体操服や何やが全部入ったレッスンバッグを、
これまた不織紙のパックに収めた、
某ブティックの紙袋。
「あ…。」
眠れない日が続いたのだろう、
随分と憔悴しているお顔を更におどおどと強ばらせたものの、
「大丈夫だよ。もう何にも起こらない。」
平八がにっこりと微笑み、
「…、…。(頷、頷)」
久蔵も深々と頷いて見せたため、
「…あ。///////」
見る見ると口許が歪んでの大きくたわみ始め、
泣き顔を見せたくなくてか、うつむいてしまった彼女だったのへ。
「…っ、〜〜〜っ。」
あわわと焦った久蔵が、
でも真っ先にがばちょと小さな肩を抱きしめたのは、
こちらのお姉様たちへも意外すぎたサプライズ。
それへと、
微笑ましくも困ったお人よと、仄かな苦笑を浮かべつつ、
あとの二人も左右から、二人ごと包み込むように抱えてやった様子は、
事情が判らねば、そして
この制服が 件(くだん)の女学園のだと知らなけりゃあ、
何かのスクラムのように見えたかも。(こらー)
誰にも言えなくて 辛かったよね、怖かったよね。
でもでも
自業自得だって ずっとこらえて黙ってて。
このお話をしに行ったアタシたちへ
腰を抜かすほど震え上がったくらいに。
もうもうこの世にはいられないというほど、
息を詰めての何にも見えなくなったくらいに。
あんなにも真摯に反省してたんだもの、
もういいんだよ?
『一ノ瀬先輩、連休明けがお誕生日だったの。』
優しくて頼もしくって、
凄いスパイクで得点王を何度も取ってる、強くて綺麗な先輩。
みそっかすな自分へも眸を配って下さって、
もうちょっとだ頑張れって、励まして下さって。
『そんな大好きな人へ、
何かしたいなって思っただけだったの。』
そうだ、こんなことしたらビックリするかしら。
そして、上手だねって微笑って褒めてくれるかしら。
ママにエプロンドレスを縫ったら、とっても喜んでくれたもの。
一子様にパッチワークのレッスンバッグを贈ったら、
高校に上がった今でも大切に使って下さっているもの。
だから頑張ったの。
お背がお高いけれど、腕とか脚とか長くていらっしゃるけれど、
それこそロッカーに脱いでらした制服から測れば大丈夫。
型紙は自分の制服から起こしたの。
本格的なお洋服は初めてだったけど、ミシンや手で服を縫うのは好きだし。
どんどん形になってゆくのへワクワクした。
でもね、GW明けという期日に間に合うかどうか微妙だったの。
最後の何日かは、宿題でもないのに夜更けまで取り掛かって頑張って。
それで当日に何とか間に合って、
やっと出来たのをこっそり部室に持ち込んだんだけど。
徹夜も同然と頑張った、その緊張が途切れたものか、
帰りのJRでついついうたた寝してしまい。
素人しごとへ気がついてくれて、あ、まさかと笑ってくれないかな、
そしたら制服をお返しして ネタばれで〜すって思っていたのにね。
『返さなきゃいけない先輩の制服が、
カバンごと失くなっていたなんて。』
こんな人騒がせな悪戯なんて考えたから罰が当たったんだ。
一ノ瀬先輩も気がついているものか、
それともまだ何となくな段階か、
制服を着替えるたび、
何だか何かがおかしいって、気にしてらっしゃるし。
いつ、これ誰の仕業なのって聞かれるか、
怖くて怖くて目眩いがしてた。
平気よって嘘をつくにも限界で、
今日はとうとう学校も休んだ。
そしたら……
これからは あなたがどうするかだよ。
相談は聞くけど
私たちは、基本、何にも知らないから、いいね?
このまま内緒にしておくか、
それはいやだと告白するかは、
好きに決めるといいからね、と。
聞こえているのかな、落ち着いた?と、
一番そばにいて、何物からもぎゅうと庇っていた久蔵が
恐る恐るお顔を覗き込もうとしかかったところへと、
「もしかして、草野さんたち? その子に何か用?」
そりゃあ伸びのいい、よく通るお声がかけられて。
「…っ。」 「…っ。」
彼女は判るが、何故だか久蔵殿までが、
びくくうっと肩を跳ね上げてしまったのは、
相手が昨日お宅までお邪魔した、バレー部の主将さんだったから。
「双葉、風邪はもういいの?」
部活も出なかったし、そもそも学校休んでたこと。
さすがは主将だ、チェック入れてたのかな?
少し涙目なのへと、おやとたじろいだけれど、
「どした。気分が悪いなら帰る?」
親指の腹で目許をぐいと拭ってあげて、
くせがあってのうねりが優雅な髪、
肩の向こうへそおっと払ってあげる所作が、
何ともやさしかったものだから。
「……じゃあな。」
「え?」
「あ、ちょっと、久蔵殿っ。」
友達ふたりの手を引いて、
お先にとばかり、そこから駆け出した紅ばらさんであり。
自分のカバンを小わきに抱えての、
微妙にバランスというか体勢が危うい駆けようだというのに。
頭に戴いた金の綿毛も、ひだスカートも乱さずの、
そりゃあ軽やかな駆けっぷり。
「ちょ、ちょっと待って。お二人の速さじゃ、私 転びます。」
「アタシだって、急発進はこたえますったら。」
「第一、通学路で全力疾走は警告ものですったらぁ。」
引っ張られている方は 非難囂々。
でもね、何とはなく楽しそうに駆けてく三人だったのへ。
何だかなぁという呆れ顔、
話半分状態で見送ったのが一ノ瀬さんなら、
「……。」
その久蔵から渡された紙袋の提げ手、
キュッと握って、何やら決心したのが双葉さんで。
「先輩。」
「んん? 何だ、双葉。」
「そうだ、ところで久蔵殿。」
「??」
「もしかして、
双葉さんも一子さんと同じで、
自分の妹みたいに思ってませんか?」
「?」
「あ、それはアタシも思いましたよぅvv」
「花嫁の父っぽかった。」
「さっき一ノ瀬さんが寄って来たとき、
迂闊に泣かしたら許さんって勢いで見てたし。」
囃し立てられたなんて、久方ぶりのこと。
それもあったか、一瞬きょとんとしてから、
「〜〜〜〜。//////」
あ、真っ赤だぞ、久蔵殿。…って、いたた、判った判った、ごめんて。
ごめんなさいってば、久蔵殿……と。
何にかムキになっての
“ぐうでお仕置き”攻撃を繰り出していた紅ばら様が、
登校途中の多数の生徒らに目撃された五月の通学路。
この日が“聖なるばらの反乱”と呼ばれる日となろうとは、
今の彼女らには判りようがないことだというのは、
ずっとのちの世代に語り継がれた、はっきり言って余談でございます。
〜Fine〜 13.05.17.〜05.21.
*うああ、
最初の目論みは、少し早いですがヘイさんオカルトにビビルという
ギャグありきのお話にしようと思ってたんですのにね。
何でだか、どんどんとシリアスになってくのは誰の呪いだったやら。
そういや勘兵衛さまの出番が少なかったのも口惜しいぞ。
リベンジは…ちとお待ちを。
めーるふぉーむvv 


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